播但線C57 昭和45年頃
従兄弟と姫路駅で待ち合わせして、播但線C57の撮影にいきました。
昭和45年、私が中学校1年だったと思います。
姫路駅から、播但線で何駅か行った駅で下車
従兄弟と二人で歩いて撮影場所にいきました。
前記事でも記載したように、私は当時の写真を親父の実家に置いていましたが、その解体ととも殆どになくしているので、今回も従兄弟の写真になります。
SL撮影も終わり、比較的広い道路沿いを二人で近くの駅まで歩いていると、ブルーバード410が突然、停車しました。
おじさんが出てきて「僕ら、どうしたんや?」と聞いてきました。
岡山から二人、SL撮影に来たことを伝えると
「駅まで乗したるわ」とブルに乗せてもらいました。
すると「おなか、すいてへんか?」「知り合いの店で、とんかつ食わしたる」とお店に連れて行ってもらい、当時は、ほっぺたの落ちるくらいに美味しいトンカツをご馳走になりました。
その際、おじさんは、お店のマスターに「この子ら、こんなちっちゃいのに岡山から蒸気機関車を撮りに来てるんでぇ、たいしたもんやろ」なんて褒めてくれていました。
おじさんは駅まで私たち二人を送ってくれました。
私たち二人は、ただ、ただ、感謝のお礼を言っていました。
いい思い出です。
胴体部分が細く、まさしく貴婦人という名にふさわしいスタイルでした。
これは、私がプラットホームの隙間に降りて撮影したのですが、今でもその時の光景は覚えています。
夜も遅く、飾りもないC58の引く、オハ35の座席、乗客もわずかでした。
二度と、この匂い、この雰囲気は味わえないと一人で感傷に浸っていました。